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第178話 買われた娘

last update Veröffentlichungsdatum: 01.09.2026 06:01:06

 そこで、琴美さんは口元を押さえた。

 開いた箱の中で、古い紙だけが重なっていた。

 言葉を続ければ続けるほど、自分が何を信じていたのかが崩れていくのだろう。

「実の子のことは」

 私は聞いた。

 琴美さんの目が、揺れた。

「亡くなったと、聞いたわ。産院で、すぐに……でも、私はその時、体が戻らなくて。お父様が全部、手続きをしてくれて……」

 私は隆一を見た。

「いくらだったんですか」

 琴美さんが、私を見た。

 高瀬さんの手が止まる。

 律は動かなかった。近づいてこない。私の代わりに怒らない。言葉を奪わない。

 ただ、廊下の少し後ろで、こちらが倒れた時に手を伸ばせる距離にいた。

 黒い仮面はつけたままだった。

 それでも、目元はほとんど動かない。その視線だけが、紙ではなく私の手元を追っている。数字を見て怒ることより、今私がその数字に飲み込まれないことを見ている目だった。

 それ
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     そこで、琴美さんは口元を押さえた。 開いた箱の中で、古い紙だけが重なっていた。 言葉を続ければ続けるほど、自分が何を信じていたのかが崩れていくのだろう。「実の子のことは」 私は聞いた。 琴美さんの目が、揺れた。「亡くなったと、聞いたわ。産院で、すぐに……でも、私はその時、体が戻らなくて。お父様が全部、手続きをしてくれて……」 私は隆一を見た。「いくらだったんですか」 琴美さんが、私を見た。 高瀬さんの手が止まる。 律は動かなかった。近づいてこない。私の代わりに怒らない。言葉を奪わない。 ただ、廊下の少し後ろで、こちらが倒れた時に手を伸ばせる距離にいた。 黒い仮面はつけたままだった。 それでも、目元はほとんど動かない。その視線だけが、紙ではなく私の手元を追っている。数字を見て怒ることより、今私がその数字に飲み込まれないことを見ている目だった。 それが分かるのに、今は少し腹が立った。 誰かにちゃんと怒ってほしい気もする。 でも、怒られた瞬間に、私の言葉がその人の怒りの後ろへ隠れてしまう気もした。 だから、自分で聞いた。 隆一の顔が歪んだ。「栞、今のは」「いくらだったんですか」 二度目は、少しだけ声が低くなった。「九千万円ですか。それとも、医療事業の取引枠も含めますか」「違う」「違うなら、何ですか」「お前を売り買いしたわけじゃない」 売り買い。 私が使った言葉じゃない。隆一さんの口から先に出た。 廊下の空気が、そこで一度止まった。 私は笑いそうになった。 笑えば、たぶん泣く。 だから、唇を噛むだけにした。「では、このお金は何ですか」「支援だ」「誰への」「如月への」「何のための」 隆一は答えなかった。 廊下の空気が、少しずつ重くなる。床の木目が目に入っ

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  • 身代わりで嫁いだ偽令嬢は、怪物当主だけが本当の私を選ぶ   第4話 黒い仮面の当主が、私を見ていた

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  • 身代わりで嫁いだ偽令嬢は、怪物当主だけが本当の私を選ぶ   第3話 三年前に終わった話

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     午前二時過ぎ。  私を捨てた父が、コンビニのレジの前に立っていた。 「栞、少し付き合え」  自動ドアが閉じる。外の湿った夜気が途切れ、店内には揚げ物の油と、温めすぎたおでんの匂いだけが残った。  夜勤の店員は私一人。レジ横のホットスナックケースが、じり、と小さく音を立てている。  如月隆一。  如月グループの代表で、かつて私が父と呼んでいた人。  三年前、私を家から追い出した男だ。  私はバーコードリーダーを静かに置いた。薄い手袋越しの指先が震えている。それが、何より腹立たしかった。 「……何の御用ですか」 「話がある」 「申し訳ありません。雑誌と公共料金のお支払いでし

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